introduction
振り返りやプラニングというと「区切り」に取り組むもののように感じますよね。特に、年末年始に取り組む人が多いのかな?なんて思います。もちろん、それも素敵なのですが、私はこう思います。もしも、その振り返りやプラニングが日常に寄り添うように人生を共に歩んでくれたら、どれだけ素敵なんだろうか?と。私自身、タスクを溜めずに、自分も押さえ込まずに好きなことをして自由に生きられているのは、この振り返りとプランニングのおかげなんです。溜めずに、循環を作る振り返りとプラニングを続けられるようになって人生がとても豊かになり、こんな素晴らしい毎日を過ごせるなんて、夢見たいと胸を高ならせながら日々を過ごしています。ところが、そんな姿を見た人たちはこう言います。何か特別なことをやっていなさそうなのに、なぜそんなに幸せなんだ?と。私はそのたびに思います。その何か特別なものは幻で、実際に特別な何かをしているわけではないのです。その思い込みが自分を苦しめてしまうことになりますね。私自身、日常を優しく過ごして、丁寧に毎日を生きています。とても質素かつ素朴でありながら豊かなることができる魔法があるのだとしたら「日常」の中にその答えがあります。
毎年、願いを叶え続けて思うこと

いつしか気がついたら、毎年、願いを叶え続けている自分いました。あれ?今年も色んなことが叶ってすごい!って気づいたら自分が自分の現実に驚いています。自分が叶えたいと思ったことを自然と叶えていくことができたのには、とある秘訣があります。目標を達成することも、願いを叶えることも、決してそれは、無理をすることではないということです。日常の中にある「生きることの機微」にどれだけの気づきを得て、自分との美しい対話を重ね、これから自分がどう生きていきたいのかを「静かに問う」時間こそが大切です。その振り返りやプラニングと日常に寄り添うように人生を共に歩むことができたのは「静かに問える時間と自分を整えることを優先」したからだったなぁと思います。余計なノイズがあっては、振り返りもプラニングも雑になるし、なんとなく曖昧な設定をしたり、他人の望みを自分の望みのように書いてしまったります。設定しやすいものや書きやすいものを、まるで自分の本当の願いのように勘違いして、自分にとってふさわしくない未来を求めてしまうことになるのです。
毎年、目標達成を追い続けた末路

今でこそ毎年、願いを叶えることができるようになりましたが、かつては毎年、同じような目標を書いてばかり、叶わない恋を追いかけるように、目標達成に必死になる時期もありました。そんなふうに目標達成を追い続けた私の末路は、病気や怪我、借金やこじれた人間関係、見るに耐えかねる恋愛に右往左往する人生です。そんな私にあることを問いかけてくれた紳士でふくよかなとある方がいます。「なぜ、君はそんなに生き急いでいるの?」と。思わず涙が止まらなくなり、今まで私は一体何をしてきたんだろうと、力んだ身体がふわっと緩んで、張り詰めていた糸がプツンときれてしまいました。そこから私は、絶対に成し遂げる!といったスタンスの目標設定も、叱咤激励するような「なぜできなかったのか?」を問い詰めるような振り返りから卒業しました。なぜなら、本質は「完璧」には存在しなかったからです。絶対にノルマを達成すると意気込めば意気込むほどに、窒息をしそうなほどに過呼吸になり、身体は硬直していきました。完璧であろうと、有言実行で、決意をムチのように使っては、見えない敵と戦うように振り返りもプラニングをガサツに扱っていたのです。完璧さを目指し、何かを我慢して、達成できなかったときに、決めたことを守れなかったときに、深い罪悪感と自己否定を増長してしまうような「やり方」を選択していたのです。本来であれば、もっとも。自分の味方になるべき存在は、誰かではなく自分自身だったのに。
純度を高めるとは?

本質は完璧さにはないと気づいたとき、私にとって「本質」とは一体なんだろう?と問いかけるようになりました。毎日、ノートに内観をし続け、自分自身を振り返り、プラニングを繰り返していきます。その中で、自分との時間を一番大切にするようになり、自分と二人きりの時間が私の心を育ててくれたのです。今まで自分が積み重ねてきたノイズ(負)を全て内包するあり方へとシフトしていくと、不思議と忘れていた好きなことや楽しいこと、面白いことが自分の中にたくさんあったことに気づきます。その好きや楽しいに根拠なんてなくて、ただただ純粋に「好き!」「楽しい!」でいいんだと思えたときに「どれだけ自分自身の純度を高めていけるのか?」を重視するようになったんです。この純度を高めるために、自分にとってふさわしくないものを消化して、手放し、栄養に変えて、本当に自分にとって、ふさわしいことを選択し続けると、振り返りやプラニングの本質も見えてきたんです。自分自身がどれだけ純粋に願えるか。純粋に願えたことは、自然と行動につながり無理なく楽しく叶える続けることができるんです。
人生を豊かに輝かすとは?

人生を豊かに輝かせるとは、自分の中にある大切なことに気づくことです。それに気づかずに、闇雲に振り返りやプラニングをしていると、躓いてしまう原因になります。それはそれで、素敵な体験になると思うのですが、もしそれが苦しいのであれば「わざわざ」体験する必要はないのかなって思うんです。自分の中にある大切なことを無視した私は心身ともにボロボロになりましたが、大切なことを大切にできるようになって、私は今が一番、心身ともに健康で幸せな人生を送っているという感覚に包まれています。決してそれは、無理させるわけでもなく「自然と発動する状態」であるだけで、「やることをやる」ということができるようになります。願いを願いとして、ただ叶うことをぼーっと待つだけではなく、目標を目標としてしつこく追いかけるわけではなく、ただただ、大切なことを大切にするあり方を整えるだけで人生を豊かに輝かせることが誰でも自由にできるのです。
振り返りとプラニングの本質

ぜひ、本質はオンライン講義やコーチングを通して、体験してもらいたいと思いますが、ここで一つお伝えするなら私はこう思います。振り返りとプラニングの本質は、あなたがあなたを大切にしているという「愛と敬意」からはじめるということです。この最初の心の態度が、その後の設計を最高の物語にしてくれます。ただの振り返りやプラニングではなく、あなたの人生を物語としてより味わい深く美しく描いてくれるのです。さらに、私は振り返りやプラニングで大切にしていることは、誰一人、同じやり方の人はいないという考え方です。それぞれの、節度があります。その節度を持って、自分の心に馴染んで溶け込むような、自分との一体感ある振り返りとプラニングを楽しんで頂けたらと思います。本来ならここで全てお伝えしたいところですが、具体的な取り組み方はぜひ、講義を通して習得していただけたら幸いです。
ご案内

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